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今年も盆踊りのシーズンが終わりました。

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 今年の盆踊りは、中野特別支援学校の盆踊りに始まり、
シーズンの最後は地元、南台前原町会の盆踊りで終わりました。

 東京音頭や、九州炭坑節は大学院のゼミ合宿の際に、
院生みんなで参加をした盆踊りで基本的な動きを覚えていたので
今ではよそ見をしながらでも手足が動くようになり、
そのほかの盆踊りも毎年参加をする中で徐々に動きを覚えてきました。
しかし、ドラえもん音頭や大東京音頭などその場で回る動きがあると、
次の一歩が右足から出るのか左足から出るのかが分からなくなってしまい毎年苦戦しています。

 踊りの合間に様々なことを教えてもらえたり、
なんとなく地域のお子さんと顔が分かる関係になったりと、
5年間で続けて参加をすることで、いろいろと見えてくることが多々あります。




↓中野特別支援学校のふれあい盆踊り
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↓谷戸運動公園盆踊り in 中野 (写真は谷戸小学校の小学生による谷戸っ子ソーラン)
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↓南台二丁目前原町会盆踊り (写真は太鼓演奏)
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↓南台二丁目前原町会盆踊り (写真は東京音頭)
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by wishizaka | 2015-07-26 20:51 | 議会外の活動 | Trackback

今年も盆踊りのシーズンが終わりました。

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 今年の盆踊りは、中野特別支援学校の盆踊りに始まり、
シーズンの最後は地元、南台前原町会の盆踊りで終わりました。

 東京音頭や、九州炭坑節は大学院のゼミ合宿の際に、
院生みんなで参加をした盆踊りで基本的な動きを覚えていたので
今ではよそ見をしながらでも手足が動くようになり、
そのほかの盆踊りも毎年参加をする中で徐々に動きを覚えてきました。
しかし、ドラえもん音頭や大東京音頭などその場で回る動きがあると、
次の一歩が右足から出るのか左足から出るのかが分からなくなってしまい毎年苦戦しています。

 踊りの合間に様々なことを教えてもらえたり、
なんとなく地域のお子さんと顔が分かる関係になったりと、
5年間で続けて参加をすることで、いろいろと見えてくることが多々あります。




↓中野特別支援学校のふれあい盆踊り
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↓谷戸運動公園盆踊り in 中野 (写真は谷戸小学校の小学生による谷戸っ子ソーラン)
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↓南台二丁目前原町会盆踊り (写真は太鼓演奏)
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↓南台二丁目前原町会盆踊り (写真は東京音頭)
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↓中野駅前大盆踊り大会 (生演奏の民謡に併せての踊りです
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by wishizaka | 2015-07-26 20:51 | 議会外の活動 | Trackback

中野区主催の「平和の集い2015 ~戦後70年 改めて平和を思う~ 」に参加をしました。

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 今日は 中野区主催の「平和の集い2015 ~戦後70年 改めて平和を思う~ 」に参加。
 
 プログラムは
1.講演「落語の禁止された時代があった、近演落語53種とは」(講師 落語家 立川談之助氏)
2.落語「これが禁演落語だった、実演・禁演落語」(落語 立川談之助氏による『目薬』)
3.映画「夏の祈り」(長崎の被爆高齢者のための特別養護老人ホーム「恵の丘長崎原爆ホーム」のドキュメンタリー映画)
 でした。

 特に1つ目の禁演落語についての講演は初めて知る話がたくさんありました。
 日本が第二次世界大戦に突入していく時期。浪曲や講談は『激戦二百三高地』や『肉弾(爆弾)三勇士』などの戦争を鼓舞する演目がある一方で、泥棒、けち、酔っ払い、間男などバカバカしい演目しかない落語や軽演劇は禁止や(警察の臨検により途中での)中止の対象とされました。唯一、上官にいじめられる新兵を描いた『戦争落語』もその人気の高さから禁止はされなかったが反戦の気持ちが込められたこの落語も軍や警察には歓迎されなかったそうです。
 また、歌舞伎役者などはあまり兵役の対象とならなかった一方で、わずかに残っていた落語家30人は高齢者等を除き17人が徴兵されて、しかも全員南方の激戦地に送られたとのこと。(結果的に落語家の兵隊はまじめでないので全員生き残ったとの話ではありましたが)
 日本人の魂を揺さぶることや、鼓舞することに繋がらず、バカバカしい話をして笑わせる落語。笑いは仲が良くなることはあっても、「鬼畜米英」への敵意に繋がるものではない。
 こうした中、日に日に落語への風当たりが悪くなる中で、落語家が集まって戦時下に相応しくない53種の落語を禁演落語として封印をすることにしたそうです。
 しかし、この53種というのはふさわしくない落語を挙げていって53を厳選したのではなく、「ゴミ」にかけて53を選んだとの説が有力だとのこと。また、この53種も実際に戦時下の風紀を乱す恐れのあると思われるものも含めつつもその中には、面白味がなく不人気で長年使われていなかった落語も含めての53を選んだとのことです。選ぶ側はさらに洒落を聞かせて53の禁演落語について仏式・神式の葬儀を上げ、そのリストを軍部に提出をしこの53以外の落語については戦時下でも行えるように許可を取ったのだとか。

 「笑いは仲が良くなってしまって困る」という当時の状況を想像した時、これからの世界平和について「笑い」をキーワードにした平和への貢献活動といったものもあるのではないかと気づかされました。

 そして映画については、有名な原爆関係の写真として長崎の原爆について大変有名な背中が真っ赤に一面焼けただれてしまってうつ伏せになっている少年の写真がありますが、この写真に写っているご本人がこの映画「夏の祈り」に出演をされていました。その他にも被ばくによる後遺症を抱える方々の高齢化後のその状況についていろいろと知ることができました。
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by wishizaka | 2015-07-25 23:50 | 議会外の活動 | Trackback

 7月16日~17日に東日本大震災の原発被災についての視察と研修に行ってきました。


7月16日~17日に東日本大震災の原発被災についての視察と研修に行ってきました。
(全国若手市議会議員の会災害対策研究部会、全国若手市議会議員の会東北 ブロック合同の研修会)


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↑ 途中で除染をしているところ(将来的に期間が予定されている地域)もバスの車窓からみましたが、帰宅困難地域内は除染の手を付けていないとのことでした。 

 
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↑  福島県富岡町の視察では町役場の職員のガイドで、念のために途中で放射線に対する防護服も来ての視察。

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 屋外の視察は、帰宅困難地域(許可を得ない限り通常は立ち入り禁止の区域)では、最大で毎時5マイクロシーベルト。
 帰還のめどが立たないまま空き家となった家には、雨漏りや、つる草の繁茂がすすんでいました。写真で見せてもらった資料では、家屋の中にはイノシシや野生化した豚、蛇やネズミなどが入り込み、雨漏りをしたところにキノコが生えているところもあるそうです。


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↑屋内の視察は元からの町役場と役場内の災対本部跡等と、緊急的に移転した区有施設に一時移設されたされた災対本部跡を視察。
 一時移設された災害対策本部も全町避難が決まり、役場全体も町外避難となったそうです。
(ホワイトボードには当時の板書がそのまま残されています)

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↑ 一時移設された災害対策本部が置かれた施設内の、雨漏りのあった視聴覚室の空間放射線量が高くなっております。今回の視察でも最大で毎時13マイクロシーベルトでした。(写真の線量計はみえにくい写真ですが、毎時10マイクロシーベルトを超えています。)

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 研修は福島市内で行い、東日本大震災の被害の特徴、被災当時の状況、近隣自治体(秋田県の自治体)の行った対応、災害時要援護者(障碍者・高齢者・乳幼児・外国人等)等について取り上げられました。
 なお、研修を行った福島駅付近の会場の周辺の空間放射線量は毎時0.1マイクロシーベルト超でした。

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by wishizaka | 2015-07-20 03:48 | 議会外の活動 | Trackback