人気ブログランキング | 話題のタグを見る

東日本大震災から8年が経ちました。

東日本大震災から8年が経ちました。

 東日本大震災当日、私は自分が初当選をした2011年の中野区議会議員選挙の直前で、地震があった瞬間は駅のホームにいました。連日3時間程度の睡眠時間であったため、一瞬立ち眩みをしたかと思ったのですが、周囲の様子を見て自身であることに気づきました。周囲がガタガタと揺れ、私学の制服を着た帰宅途中の小学生が泣き出し、大人も不安でいっぱいいっぱいという面持ちでした。

 揺れが収まった後、情報の収集と自分が何ができるのかを考えた時、まだ議員でなかった私にとって、以前からボランティア登録をしており、災害関係のボランティアの研修等も受けていたため、中野ボランティアセンターに動かない電車ではなく、バスを使って移動をしました。

 最終的に災害ボランティア本部の立上げ等はなかったものの、中野ボランティアセンターと同じ建物内での、精神障碍者の方の夕食会のボランティアが足りないとのことで、そこでのボランティアに入らせてもらいました。

 ボランティアを終えて自宅に向かって、中野駅方面から南台の自宅への中野通りを南下して帰宅しましたが、途中、大久保通りや、青梅街道、方南通りなど東西に走る道路が徒歩で帰宅される方々で満員電車の中のなかのような人波となっていました。

 その後、福島第一原子力発電所での事故が発生し、一時、東京都でも、水道水から1キロあたり210ベクレルの放射性ヨウ素の検出がされました。これは乳児の飲み水についての国の基準の2倍を超るものであったため、中野区でも備蓄していた水の配布を行う事態も生じました。

 その後、災害支援者・災害ボランティア(中野ボランティアセンター、行政書士会、エンガワなど)として、あるいは議員として津波の被害を受けた場所や、放射線被害を受けた場所、仮設住宅、被災自治体の役所等を訪れたり、支援活動から戻られた方々の話(精神保健福祉士会、中野区被災地派遣職員等)を聞く作業を重ね中野区内でも次のような取り組みを議員として推進をしてきました。

災害時の緊急車両が通れない狭い道路の解消や建物の不燃化建替えの推進

(中野区では建物倒壊危険度が比較的低い反面、火災危険度が非常に高い地域となっています)

・学校のガラスの飛散防止化等、全公共施設のガラスの耐震化。(それまでは学校の廊下等で未対応の場所が多くみられました)


東日本大震災から8年が経ちました。_f0121982_13001961.jpg

・乳幼児親子用二次避難所や、高齢者用二次避難所への備蓄物資の平常時からの配備。(それまでは必要に応じて通常の避難所から二次避難所へ人力で適宜運ぶ想定になっていました)

・災害弱者を支援するための名簿の整理(災害時の避難行動要支援者名簿、非常災害時救援希望者登録制度、平常時の見守り対象者名簿などがバラバラに存在する状況でした)

・避難所に付け外しが簡単に行える段差解消スロープの用意(それまでは、防災担当では選挙の投票時に使用するスロープの体育館での使用が想定されていましたが、選挙管理委員会に石坂が調査をしたところ、専門業者でないと設置が不能なものであることが判明し、簡易に設置ができるものを用意しまいた。)

・区内4か所のすこやか福祉センターに、人工呼吸器を使われている方などのための電源ステーションの設置。

・区が作成している防災緊急連絡カードに同性のパートナーを指名することが可能であることを確認。(それまでは、禁止はされていないものの、可能ともされていませんでした。)

・東北復興大祭典なかのと同時開催の復興祈念展での、被災地派遣職員による、現地報告の毎年の開催

などを実現しました。

また、現在、障碍者用の二次避難所に、発電機を含む備蓄に関して障害当事者と意見交換をしながら何を備蓄すべきなのかの検討作業や、医療的ケアを受けている方の個別避難訓練の実施に向けた働きかけを行政に対して行っています。




東日本大震災から8年が経ちました。_f0121982_13001953.jpg
↑被災後まだ間もないころの東松島市周辺

東日本大震災から8年が経ちました。_f0121982_13001870.jpg
↑被災後間もない石巻市役所の仮庁舎の周辺 (石坂も一行政書士として、支援活動に参加。津波の被害を受けた自動車に関連する手続きの支援をしました。)


東日本大震災から8年が経ちました。_f0121982_13001992.jpg
東日本大震災から8年が経ちました。_f0121982_13052388.jpg

↑全国若手市議会議員の会にて福島原発事故で被害を受けた帰宅困難区域及び福島県富岡町の災害対策本部跡(全町避難直前のホワイドボード)などの視察


東日本大震災から8年が経ちました。_f0121982_13001961.jpg
↑中野ボランティアセンター・中野カフェによる東松島市の仮設住宅「鷹来の森」での支援ボランティア活動に参加。(バルーンのキリンは私が作成して地元のお子さんにお渡しした物)

東日本大震災から8年が経ちました。_f0121982_13001913.jpg
↑ 中野区内団体「エンガワ」にて被災後しばらくたって時期のスーパーにて、地元を元気づけるワークショップ等を実施

東日本大震災から8年が経ちました。_f0121982_13002021.jpg
↑中野区内で開催された脱原発パレードに参加

東日本大震災から8年が経ちました。_f0121982_13002068.jpg
↑ 中野区社会福祉協議会・中野ボランティアセンターの災害ボランティアとして総合防災訓練に参加。障碍者団体の方の支援や、障碍体験コーナーの手伝いをしました。


関連リンク:

http://ishizakawataru.jp/photo/05_04.html

https://ishizaka.exblog.jp/24266560/

http://ishizakawataru.jp/photo/04_07.html


by wishizaka | 2019-03-11 13:58 | その他
<< 平成31年度予算についての討論 石坂わたる執筆記事の雑誌掲載の... >>